U25政治なう

はじめまして。まっしゅ25歳です。私は都内の某IT企業で勤めるサラリーマンです。 そんな私は2016年12月より政治家志望です。コネも無い、金もない、そんな25歳がどれだけ政治と向き合うことができるかをこのブログで発信して参ります。

政治と起業②

こんにちは!まっしゅです。

 

本日のブログでは、以前にも記載した政治と起業について掲載いたします。

 

このブログを書き始めた当初、私は政治家を目指すことだけを考えていました。

 

ですが、振り返ってみると大学時代の私の夢は経営者になることでした。

何の事業を起こすとか、そういった背景は無く、ただ単純に起業することに憧れておりました。

 

更に遡ると、小学生の卒業式に大勢の前で宣言した夢は芸能人になることでした。

 

これらを踏まえて共通して感じるのはとんでもなく目立ちたがり屋だということでした。

 

他にも、小学校高学年の時に学級委員長に立候補して落選した時に泣きながら早退してしまったこともありました。

 

小学校6年生の時には自分で芸能事務所へエントリーしました。

書類選考は通過しましたが、二次面接で東京へ行くことを両親から許されず諦めたこともありました。

 

中学校入学時は、とにかくモテたかったのでクールな自分を演出することしか考えておりませんでした。

ですが、結果は気取りすぎていたため友達はできず、人生で最初で最後のいじめに合いました。

アメリカンフットボール部のメンバー5人に囲まれてボコボコにされたこともありました。

 

その後、父親の仕事の関係でアメリカのカリフォルニア州にあるアルバニーミドルスクールという中学校に1年間通いました。

その時は、自分の名前(マサキ)を似ているイントネーションのワサビに置き換えました。

一部の友人たちからは最後まで林ワサビだと思われていたでしょう。

 

帰国後は苦手なメンバーが多くいたからこそ、アメリカンフットボール部に所属しました。中高一貫校だったので、高校2年の夏まで所属しておりました。

最終的には背骨を圧迫骨折してしまい、マネージャー業務が嫌で退部しましたが。。

 

大学時代は学生イベント団体の代表として努めました。

1回のイベントで数百万円という金額が動く時の快感は今でも忘れません。

 

以上を踏まえたうえで、感じたのが

自ら目立つための動きを積極的に取っていたということです。

 

では、社会人2年目となった今、目立つための手段としては営業であれば数字を上げることです。

 

実際のところは成果を出すどころか、私は自他共に認める問題社員です。

 

実際に、新卒時代に先輩から人材には3種類あると言われたことがありました。

人材・人財・人罪

です。

 

その時、私が言われた「じんざい」は、人罪でした。

 

その時は流石にショックを受けましたが、特に否定するつもりもなかったです。

 

ただ、強いて言うなら社内で業績を上げて表彰されたり、認められている同期や先輩を見ても全く羨ましいと感じませんでした。

 

理由はシンプルです。

 

私が思う成功とは、

自分らしくあり、それが周囲から許容されている状態

だからです。

 

自分の人生の主人公は自分です。

 

それが、体現できる環境であればどこで働くことも自由だと思います。

 

私の場合は、考えた結果が政治起業に偏っただけの話です。

 

自分の人生を生きる。

これだけは徹底していきたいですね。

 

今回は、自分の話ばかりになってしまいましたが、最後までお読みいただいた方ありがとうございます。